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歴史

日本比較文化学会の前身である東北比較文化学会の設立は、1979年1月に芳賀馨先生(当時・福島県立医科大学)の自宅に弘前大学および弘前学院大学の英語教員6名が集まって学会設立準備委員会を開き、同年6月に弘前学院大学で設立総会を開催して、山浦拓造先生(当時・弘前学院大学)を初代会長に選出したことに遡る。

日本比較文化学会は、正式には、1981年6月に弘前学院大学で開催された東北比較文化学会第3回大会において、学会名の名称変更を正式決定したのを嚆矢とする。名称変更の最大のきっかけは、当初弘前の地で発足した本学会の会員の所属が東北地域を越えて関東にまで広がりをもち始めたことであった。しかしながら、翌1982 年に郡山市の郡山会館で開催された大会が「第4回日本比較文化学会」と称されたように、発展的経過措置としてあくまで学会の名称変更が行われたに過ぎず、学会としての端緒は、その精神を尊重するという意味において、1979年6月とするのが妥当である。設立当初から、「学会に出るなら発表しよう」という芳賀馨先生の呼びかけに応え、積極的な研究発表活動が展開されていたが、この伝統は今日も多くの会員に引き継がれている。

1984年、学会誌『比較文化研究』No.1 が発行され、以後毎年発行されてきたが、1986年に東北・関東・関西の3支部が承認されると、『比較文化研究』も単年度に複数回刊行されるようになった。現在となっては、年4回の発行を実施することとなった。ここにも「芳賀イズム」の浸透が見られると言えよう。

1986年度全国大会で、椎野正之先生(当時・大正大学)が第2代会長に選出され、1991年には、第3代会長に芳賀馨先生(当時・福島県立医科大学)が選出された。以来、2005年度全国大会で、太田敬雄先生(国際比較文化研究所)が第4代会長に選出されるまで、芳賀第3代会長の下で日本比較文化学会は大きく発展してきた。2008年には、太田第4代会長の後を受けて、山内信幸先生(同志社大学)が選出され、組織の整備・制定・効率化を経て、2014年に奥村訓代先生(高知大学)が第6代会長に選出され、海外提携先の拡大と関係強化を実現し、本学会の国際化が一気に進んだ。そして2018年に八尋が会長に選出され、現在に至っている。

1988年、東北支部が北東北支部と南東北支部に分割され、1991年には九州支部が発足した。以後、中国四国支部、広域アジア支部も相次いで発足し、一時は7支部を擁するようになった。現在は、東北の2支部の合併(2005年)、広域アジア支部の研究部会への改組(2007年)、中部支部の設立(2011年)、北海道支部の設立(2021年)を受けて、国内7支部体制と関連海外協定先として5団体を有するに至っている。

第7代日本比較文化学会会長 八尋春海